〝U,soo〟

2019.07.12

ちょっと書かずにはいられないので、書くことにする。

 

僕はずっと〝破天荒〟にあこがれてた。

以前の職場でもそうだった。予定調和や和気藹々とかまったく面白みを感じないし吐き気すらする。

なにかを我慢しながら自分に嘘をつきながら働いている先輩方が大嫌いだった。

だんだん同じようになって噓笑いしている自分に自分が耐えられなくて壊れたのかもしれない。

今思えば、直樹さんはそんなとこを面白がってくれてた気もするけど、真意はどうかわからない。

いつかそんなことを語れる日はくるだろうか。 まずはあの人を刺せる料理を作らないといけない。

 

石野卓球の言葉だけれど、他人に嘘ついてでも自分に嘘つくな と。

今読んでいる箕輪厚介氏の本にも同じようなことが書いてあった。自分に3回嘘つくともう戻れないらしい。

そんな人生は嫌だし、ずっと抗ってきたと思う。もうなんだかんだ3回目の人生だ。これ以上自分に嘘ついたら今度こそ終わる。

高校時代でネトゲに引きこもったのも、形骸的な学校教育の無意味さと同調圧力を感じたからで、ネトゲからの延長線の道を今も歩んでいると思ってる。

 

そんなことを教えてくれたのはテニス部の顧問だっただろうか。

彼はどこかいつも独りでいて、ベランダで独りタバコを吸っていた。

周りの先生にもちょっと嫌われてる感じだった。

それでも部活の時は僕らに混じって、いちプレイヤーとして常にコートに立っていた。

常にかなわなかったな。思えば数学の先生でもあったし、色々見えていたんだと思う。

教師としても、昇格せずにいち教師としての道を選んでいたとうわさで聞いた。

僕らテニス部同級生の間では「リトルのりお」というのがいて、今でもたまに話題に上る。

口癖は「大して上手くもないくせに、横着するな、横着太郎が。」だった。「俺、一郎なんだけど」って心のなかでちょっと抗った。

屁理屈も理屈の親戚だと、杉下右京が言っていた。

 

思えばサッカーのコーチもそうだったな。自分のまわりの大人たちは常にいちプレイヤーだった。

 

少しバイトしていた寿司屋の大将も狂っていたと思う。

京都においてもあの空間だけ別世界だった。

超がつくほど狭い世界だったけど、まさしく大将の世界観そのものだった。

ゆえに魅力的だったし、その寿司に惚れて働いていたのだけど、働けてよかったと今になって思う。

 

その寿司屋の大将に出会うきっかけになった魚屋さんもおかしかった。

やり方は間違ってたかもしれないけど、ずっと見ていてくれた人のひとりだ。

人の本当の繋がりがもたらす世界観を見せてくれた人でもあった。

SNSのフォロワーがどうのって話で語れるものではないし、決して可視化できるものでもないと思う。

 

そんなわけで、椅子にふんぞり返ったおっさんとおばはんが嫌いだ。


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